ベルナルド・ベルトルッチ:リトル・ブッダはブルーナットのおかげ【前編】

イタリアの巨匠ベルナルド・ベルトルッチ監督。
古作品では『暗殺の森』『ラスト・タンゴ・イン・パリ』、有名どころでは『ラストエンペラー』『リトルブッダ』あたりでしょうか。
しばらく前からイタリアでは映画を撮っていないんですが、そのベルトルッチ監督が古き良きイタリアの友について語っておりますんで、管理人お得意の3回シリーズで、ご紹介いたします!!

『ベルトルッチ監督:リトル・ブッダを撮れたのは友ブルーナットのおかげ』

「かつてイタリアにはジャック・ケルアック風の、本物の『法(仏教)』の放浪者と言うのが存在したんですよ。」
パオロ・ブルーナットのことだ。
ベルトルッチ監督の生涯の友であり、アンダーグラウンドでは最も有名な監督のひとりである。その訃報が広まった際には、検索数の最も多い名前でもあった。
ブルーナットは芸術的ムーブメントの本質に大きく寄与した人物だった。一度も有名にならず、また、そうなりたいとも思わず、500以上ものドキュメンタリー作品のために瞑想しては旅をしてきたのだ。
プロとしても人としても、その全生涯は重要な友人関係、特別な出会い、歴史的な一片になったドキュメンタリーの『特ダネ』が散りばめられていた。そのうちの1つが、イタリア中西部の砂丘でピエール・パオロ・パゾリーニが映画について語るインタビュー映像。
他には、アメリカ人作家チャールズ・ブコウスキーが、昔、引出しの中に隠していた初期の作品が父親に見つけられ、殴られた話を撮ったもの等がある。

ベルトルッチ監督は次のように語っている。
「20代から我々は友人グループを作ってね。毎日、バール『Rosati』かポポロ広場に行きさえすれば誰か彼かに会えたよ。グループにはエンツォ・シチリアーノ(作家、パゾリーニの『奇跡の丘』に出演)とかサンドロ・フランキーナ、ロマーノ・コスタ(編集部注:『暗殺の森』に出演)やパオロなんかがいてね。皆の中でパオロが一番魅力的だったんじゃないかなぁ。フランス訛りとトスカーの訛りを混ぜて話すんだよ。その当時には、もう初めてで最後の作品になった映画のタイトルを言ってたな。結局、誰も見たことがないんだけどね。
その頃、僕は最初の映画を撮ろうとしてたんじゃないかな。でも、だいたい毎日、『Rosati』の次はどこかの安レストランに行って映画とか文学の話をしていたよ。
その後、僕の方はフルタイムで映画作りをするようになって、ブルーナットの方は常にはっきりした考えをもって、別なことに興味を抱いていったんだよ。僕みたいに商業的に配給されるような映画は作りたがらなくてね。最初から僕らとは全然違うやり方で映画のことを考えていましたよ。」

[ 中編に続く ]

(日本語翻訳:La Chirico / 伊語記事: La Repubblica 2010年12月17日


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