マリア・カラスの真実:愛による死ではなかった…【後編】

20世紀最高のソプラノ歌手マリア・カラス。
3回シリーズで掲載しましたカラスの声の衰えの真実、本日が最終回となりました。
前編中編がまだの方は、そちらからどうぞ!

ボローニャ 『マリア・カラス、愛ゆえの死ではなかった』

その後、フッジとパオリッロ両氏は、カラスが最悪の結果となった心停止に至るまでの病状について検証していった。
検証にあたり、まずはバルビツール酸系の睡眠薬による致死と言う仮説が取り除かれ、また、20世紀最高の歌姫の衰退が、過度に喉を酷使したためではなく、また歌以外の理由…つまり、感情面での緊張や富豪アリストテレス・オナシスとの恋愛関係とも関係ないと言うことが検証されたのだ。
カラスはヴェローナ出身の実業家ジョヴァンニ・バッティスタ・メネギーニと結婚していたが、1959年夏、海運王オナシスと不倫関係におちいる。1960年4月には二人の間に男の子が生まれるが、出産直後に死亡。
カラスはメネギーニとは離婚したものの、1968年、ジャクリーン・ケネディと結婚したオナシスからも捨てられることとなる。

また、声の衰えとダイエット(1954年、カラスは30kgのダイエットに成功している。腹にサナダムシを飼っていたとも言われているが真偽のほどは定かではない。)との因果関係はどうか。
フッジとパオリッロ両名は、最近の観察ケースを基にして次のような点を喚起している。つまり、減量によって発声器官への身体的サポートが減り、均一な音域を保つことが困難になってくると言う点だ。
この観察結果を基に、あの有名な『マリア・カラスの途中降板事件』も解明されている。
1958年1月2日、ローマ歌劇場でヴィンチェンツォ・ベッリーニ作『ノルマ』が上演された際、主役を務めていたカラスは第一幕が終わった時点で降板を決めた。そのため、観客として訪れていた当時の共和国大統領ジョヴァンニ・グロンキ氏までもが、上演を途中で諦めざるえなくなってしまったのだ。 

大統領はこれを無礼と受け止め、急病か、それとも歌姫のわがままか…と噂された。
しかしその当時の、損傷の激しい映像テープをフージ氏らが苦心して検証してみると、それは、かつての音域はなく、コントロールもできなくなっている枯れた声のドキュメンタリーであった。
わがままなどではなかったのだ。
マリア・カラスは本当に病んでいた。
気管炎を患い、おそらく筋肉はすでに衰え始めていたのだ。
衰退の始まりだったのである。

[ 完了 ]

(日本語翻訳:La Chirico / 伊語記事: La Stampa 2010年12月13日

マリア・カラスのCD…1枚持ってたのに
なぜかそれだけ日本に置きっぱなし…
聴きながら一杯やりたかった管理人に声援クリックPrego

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