アントニオ・タブッキ:旅・見い出すための世界【第三章】

さて、第三回目となりましたアントニオ・タブッキのインタビュー記事。
旅に魅せられたタブッキによれば、パック・ツアーとて何かを見い出すための旅になりえるのだと…。
第一章第二章がまだの方は、そちらからどうぞ。

イタリア 『アントニオ・タブッキの見い出すための世界』

旅とは呼ぶものの実のところはツーリズムであって、パックツアーなんかでは体験できることもあらかじめ決められているわけで…。
「ツーリズムは、また別物ですよ。とは言っても、我々は皆、ツーリストなわけで。そう言う時だって見つめるべき世界と言うのはありますよ。
カンクンで間違ってドイツ人やアメリカ人観光グループ用のホテルに泊まってしまったことがあるんです。最終的には、メキシコについてじゃなくて彼らについて書きましたよ。ブルース・チャトウィン同様にね、多くの者は小道を探していましたよ。舗装されていないような細い道ね。もう、ここ20年ぐらい前から未知の土地なんて見つけられませんけどね。ただ、ちょっと気をつけてさえいれば、他の人間の目には入らなかった物に気づくことはできる。
旅において最も肝心なのは、そこで出会う人達ですね。それに気づかない振りをして、ただ景色だけ眺めていたら、もうお終いですよ。ほんの一言二言交わしただけでも、それぞれの旅は違うものになるし、パックツアーから抜け出しますよ。」

行ったことのない土地、行こうと思っている土地は?
「あるんですが、身体が付いていってくれるかどうか。ここの土地に行きたいと言うよりは、こう言うタイプの場所に行きたいと言うのが正確にあります。高い山の上に建てられた天文台に行って、そこで何ヶ月もの間、宇宙を眺めて生きている人達に会ってみたいです。ペルーにあるんですよ。アンデスの山の上、標高4〜5千mの所なんですが。人里離れて何ヶ月もの間、そこで星を眺めている人が何を思うものなのか知りたいんですよ。」

旅の手本書、かの長編叙事詩『オデュッセイア』を例に取ってみましょうか。この旅には帰るべきイタケーと言う場所があるわけですが。タブッキさんはパリとリスボンに住まわれてますが、帰るべきイタケーはどちらなのですか?
「イタケーについての詩を読んだコンスタンディノス・カヴァフィス(ギリシャの詩人)は正しかったですな。旅と言うものはそれ自体が大切なんであって、帰るべき場所と比べるできものではありません。帰れば、退屈になってくるものでしょ。”nostos(ギリシャ語で『帰郷』の意)”…つまり、帰郷へのノスタルジーって言うのは、ダンテが新曲の中で『欲求』と呼んでいるところの帰郷への懊悩…便利な感情なんだと思いますよ。
私にとってのイタケーは、トスカーナですね。別な土地でも快適に暮らしていけるけど、『世界の中での自分の家』とは言えないように思います。ラテン語に “ubi bene ibi patria(幸せに感じる地が祖国である)”と言う言い方があるんですが、真実ですよね。自分の居場所だと思える場所があるわけですよ。今回の著書の中にリルケの詩集『オルフォイスへのソネット』の一遍を引用しておいたんです。
私を覚えているか、空気よ かつて私の場所にみたされているものよ(田口義弘訳)》ってね。」

[最終章に続く]

(日本語翻訳:La Chirico / 伊語記事:La Repubblica 2010年12月09日

あぁ、引きこもりの旅の血が…
こう見えて、以前は『旅人』と呼ばれたこともあったんです。

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