アントニオ・タブッキ:旅・見い出すための世界【第二章】

ポルトガルをこよなく愛す伊人作家アントニオ・タブッキ。
新著の紹介に際し、旅への想いを語っております。
4回連続シリーズのインタビュー、第二回目をどうぞ。
えっ、一回目読んでないぞ〜と言う方は、こちらからどうぞ!。

イタリア 『アントニオ・タブッキの見い出すための世界』

懐かしい一例として、あのポルトガルを見いだした経緯をお話していただけませんか?
「当時、私はパリの学生でした。高校卒業後、父のすすめでソルボンヌ大学の聴講生になったんです。生活費を稼ぐのに皿洗いをしてね。
ガール・ド・リヨンにある店で、ちょっとすり切れたような薄本を見かけたんですよ。暇つぶしに電車の中なんかで読むのにちょうど良かったし、安かったし。『Bureau de Tabac(煙草屋)』って言うタイトルでね。開いてみると詩集だったんですよ。左側には、どこかの国の知らない言葉が書かれていて、右側にはフランス語訳が載っていました。それがフェルナンド・ペソアの初版本だったんです。ピエール・ウルカドって言う翻訳者によるもので、1930年代のフランスとリスボン間の文化大使と呼ばれてた人です。
この素晴らしい詩の中にはまり込んでしまって、この詩人の国の言葉を学びたいなぁって思ったんですよ。成績は良かったんで、奨学金がもらえて…ポルトガルへ行ってみるかいって言われましてね。で、行ったんですよ。1965年のことでした。」

当時はどんな所でしたか?
「閉鎖的な土地でした。ヨーロッパには背を向け、独裁政権に苦しんでいましたね。当時、私は迫害されていた詩人や作家らに手紙を届ける役目を負っていて、彼らと友達つき合いをするようになったんです。
ポルトガルはもの凄い再生を遂げた国で、私にとって魅力的でしたね。世界中を巡り、土地と資源を獲得し、現在では、こぢんまりとしてしまって。
ただ、ここで注意したいのは、私をポルトガルへまで連れて行ったのは一冊の本だけど、文学だけでは我々をその土地に引き留めることはできないんですよ。留まるのには人が必要です。」

かつては一冊の本に後押しされて旅に出られたわけですね。今は、旅行前にガイド本等で詳しく調べるたりしますがが、小説などを読んで雰囲気だけを味わっておく程度にした方が良いのか、それとも、きっちり調べてから行くのが良いのか?
「作家と言うのはツアーオペレーターとして使えるものですよ。ブエノスアイレスへ行ってホルヘ・ルイス・ボルヘスの町を見るだけとか、ダブリンへ行ってジェームズ・ジョイスの町を見てくるとかね。文学的な旅と具体的な旅行、人との巡り会い、そこの土地の歴史など、色々と合わせ技の旅ができるのなら最高ですけど。CesaraniやDe Federicisがマニュアル本に書いてたように、素材と想像って言うものがあるんです。例えば、ブルームは町をそぞろ歩き、ビールを飲むのかな?じゃ、我々もビールを一杯飲もうじゃないかってね…。 」

[第三章に続く]

(日本語翻訳:La Chirico / 伊語記事:La Repubblica 2010年12月09日

昔、『モヒート』を飲みたいだけで、
キューバに行こうと思ったことがありました…
若かったのね、あたし…あっ、行かなかったですけどね。

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