昔、イタリアにゲイ首相ありき…

イタリア近代史を語る際、キーワードのひとつになるのが、DCこと『キリスト教民主党』
第二次世界大戦後の冷戦下に、ほぼ一貫して与党の座にあった保守主義党なのですが、その長期政権が汚職や腐敗を生み、また、アルド・モーロ党首の誘拐殺害事件や、アンドレ・オッティ党首がマフィアとの親密な関係を指摘され、党解散に追い込まれる…等々、とにかくイタリア史の裏表の話題に事欠きません。
さて最近、イタリア国内で支持率を伸ばしてきている、プーリア州の左翼系州知事ことニキ・ヴェンドラ氏。
ゲイのカミングアウトをしていて、常に片耳のピアスも外さない徹底振りなんですが、ちょっとTVで『キリスト教民主党』がらみの爆弾発言をいたしました。

ローマ 『かつてゲイ首相がいた、キリスト教民主党不快』

プーリア州知事の爆弾発言。かつてイタリアにはゲイの首相がいた。

http://www.youtube.com/watch?v=eEjC9BIlKes

「すまないが、質問の意味が分からなかったんだが…もう一度、言ってもらえますかな?」
DC(キリスト教民主党)の元党首で、元首相(任期は1980年10月18日〜81年6月26日)のアンドレア・フォルラーニ氏(85才)が、奇妙な、そして古めかしい慇懃さと、一抹の愉快そうな驚きを込めて、こう言った。
先日、プーリア州知事のニキ・ヴェンドラ氏が、イタリア1放送の人気ニュース・バラエティ番組『Le Iene(ハイエナ達)』でインタビューを受けた際、あらためて自身がゲイであることを認めたのだ。(上記動画、イタリア語のみ)
その際に、こんな発言も加えている。
「ゲイだって首相になれますよ。」
なぜならば、
「この国において、ゲイの首相はすでに存在しますから。」と。
そして、「それは誰か?」との矢継ぎ早な質問に、
「拷問されたって言いませんよ。言えるのは、DC(キリスト教民主党)ってことだけですね。」と。

ここまで説明すると、フォルラーニ元首相は黙り込み、それから、ため息をつくかのように、
「はぁ、あの…真実が知りたいんで?」と言い、
「いやぁ〜何十年もの党史の中で、そんな話はまったく聞いたこともないですな。」と。
まったくないのだ。
「信じてくださいよ。私が知ってるDC(キリスト教民主党)では、そんな話は聞いたこともない。」
しかし、ヴェンドラ州知事の方もずいぶんと自信ありげなのだが。
それでは同じく、ジュリオ・アンドレオッティ元首相(91才)にも聞いてみよう。アンドレオッティ元首相の自宅はヴィットリオ・エマヌエーレ橋から数メートルの所にあるのだ。
アンドレオッティ元首相もフォルラーニ元首相と同じように質問をくり返し聞いてきた。そして、あの独特の声でもって、
「はぁ、何を言えば良いんで?正直なところ、私はこの手の話題向きじゃないもんでね…。本当にね、まったくもって、どう言えばお役に立てるのやら…。」と。
それでは、ヴェンドラ州知事(右写真)の発言がただのはったりかどうか、誰に聞けば答えてもらえるのだろう?
DC(キリスト教民主党)内でホモセクシャルだった首相がいたのか、いないのか…。
「また30分後に電話していただけるかな?今、会議中なもので…。」と言ったのは、DC(キリスト教民主党)に所属し、かつて大臣職を2回も務めたパオロ・チリーノ・ポミチーノ氏。何か知っている様子だ。とにかく、ポミチーノ氏はDC(キリスト教民主党)でも要職にあった人間なのだ。アンドレオッティ派の中でも最も突飛で、抜け目のないメンバーだった。(パオロ・ソッレンティーノ監督の『イル・ディーヴォ』の中で印象的なシーンがある。ポミチーノ氏が権力を得た興奮から下院議事堂の床の上をスケートボードで走っていたのだ。しかしながら、ポミチーノ氏本人は事実ではないと話している。)
そして30分後。
「まぁ、そうですね。ヴェンドラ州知事の発言と言うのは、真実のきわみですね。たとえ私が…。」と。

ポミチーノ議員、たとえ…なんでしょうか?
「このホモ話で思いあたるのは、DC(キリスト教民主党)内で2名ですかね。」
1人ではなく、2人ですと。
「2名です。ただ、当時はプライベートなことって言うのは、プライベートなことのままでしたから。誰もそのことを公表しようなんて考えもしなかったし、もちろん政治に利用しようなんてことも考えませんでしたよ。我友ヴェンドラ氏は、ある程度は利用している…と危惧しておりますが。」
つまり、ポミチーノ議員は、ヴェンドラ州知事がひとつの手段として同発言を利用しているにせよ、ささやかな真実の暴露ではあると考えるわけだ。
『白鯨』の異名を持つほどに巨大な党組織であったDC(キリスト教民主党)本部内でも、周知の事実だったと言うことか。当時、DC(キリスト教民主党)のチリアコ・ディ・ミータ元首相のもとで、若く有能な広報担当として働いていたクレメンテ・マステッラ氏に聞いてみた。
「実際のところDC(キリスト教民主党)に、いわゆるホモセクシャルではないかと言われていたリーダーが2人いたと思いますが…。」
それでは、2名いたと明言されるのですね。
「ええ。私は2人だったと。」
皆さんの間で良く話題には出ていたのですか?
「そのことについて冗談が言われていたかと言うことですか?」
まさに。ただの噂話だったのか、それとも…。
「ついうっかり何か言ってしまうとか、目に入るとかね。二重の意味で。」
全員が話題にされていたのですか、それとも、例えばミータ元首相のような性格の方などは蚊帳の外だったとか?
「いえ、あのですね、話がまだ通じてませんかね。つまり、そのことは周知の事実だったんですよ。党の中では良く話題にしてましたよ。ただ、あえて誰も外の人間には口外しませんでしたが。だから、新聞には半行たりとも記事が出なかったんですよ。」
お名前は?
「誰のですか?」
その、今、問題にされているリーダー2名の名前ですよ。
「駄目ですよ。それはお答えできません。」

古きDC(キリスト教民主党)党員らの間には、いまだに堅牢な秘密の砦があるわけだ。
「1人の政治家が、本来の自分とは異なる世間向けの顔を持つ…と言う傾向はありますよね。」と言うのは、マルコ・フォッリーニ氏。
現在はPD(民主党)に所属しているが、1977〜80年までDC(キリスト教民主党)の若年層部で、80年以降は同党の国内委員会で指揮を取っていたのだ。
「ゲイ疑惑のある政治家と言うのは存在したかもしれませんね。ただ、個人の問題で、プライベートな、秘密の事ですけどね。何をしたかで評価されていたのであって、どんな人間かで評価されていたわけではありませんから。」
現在、Udc(中道連合)党員の才気あふれるエンツォ・カッラ氏は、下院議員になる前は『Il Tempo』紙で記者を務めていた。そのカッラ氏が、DC(キリスト教民主党)内で行なわれた厳しい会議の模様について思い出している。
「当時、党首に選ばれるはずだったベニーニョ・ザッカニーニ氏も参加してましたよ。それからファンファーニ元首相とかの、中道派の高齢幹部もいて、対立をしかけてました。マリアーノ・ルモール氏やエミリオ・コロンボ氏などのドロティ派も介入してきてね。口笛で迎え入れられて、一部の党員らから特別に『Sorelle Bandiera(バンディエラ姉妹:上記写真の女装トリオ)』ってあだ名をつけられてた党員がいましたね。TV番組『L’altra domenica』でレンツォ・アルボーレが流行らせたコメディー・ミュージック・トリオから名前を取ったんですよ。」
カッラ氏は苦々しく言葉を続ける。
「下品で、根も葉もない戯言が飛び交いました。秘密主義と不可侵な規律から成る党内でね。しかし、すでに政治の衰退期に入っていた。現在、今なお我々が意義を持とうとしている政治のね。」

(日本語翻訳:La Chirico / 伊語記事:Corriere della Sera 2010年9月21日


ニキ・ヴェンドラ州知事…
今後も動向を見守りたいキャラの
1人ですね。

ゲイ首相の名前…
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