JFKをはめろ!マフィア刺客はM.モンロー

JFKことジョン・F・ケネディ元アメリカ大統領や、ロバート・ケネディら兄弟達の死の謎…
そして、マリリン・モンローやフランク・シナトラ等、ケネディ兄弟らに絡むハリウッドスター達…
いまだ残されている多くの謎が、いよいよ暴かれる時となってきた…ようですぞ。

アメリカ 『マフィアはケネディ三兄弟をはめたがっていた』

マフィアはケネディ大統領に対し陰謀を企て続けていた。
フランク・シナトラの周りにはべる『利用できそうな』な女たちを送りこんで、色じかけで窮地に追い込もうとしていたのだ。
昨日、アメリカ報道機関の一部が『FOIA(Freedom of Information Act)』 に基づく要請により、たっぷり2,352ページに渡るFBIの資料が初めて公のものとされた。
今回の暴露ニュースは、同資料より明らかにされたもの。
同資料は公表前にケネディ家からの検閲も受けたとのことで、マフィアのボス達はシナトラやマリリン・モンローの手を借りて、ジョン、ロバート、エドワードらケネディ三兄弟を脅迫しやすい立場に追い込み、その『評判をおとしめ』ようとしていたと言うのだ。

資料の中味 − 問題とされている資料箇所はわずか1ページに過ぎず、情報提供者(おそらく、スペイン駐在米大使の元妻ジャクリーン・ハモンド)からのエピソードが書かれている。
内容は、NYのアッパー・イースト・サイド(当時、ハモンド夫人がマンションを所有していたため、同ホテルと推定されている)にあるカーライル・ホテルで催された乱痴気パーティーについてで、それにケネディ三兄弟が義弟ピーター・ローフォード(パトリシア・ケネディの夫)やシナトラ、モンロー、サミー・デイヴィスJr.らが数回にわたり参加していたと言うもの。
しかし当時、FBIのジョン・エドガー・フーヴァー長官は、同情報に関する事実確認が取れなかったと記されている。《同資料には情報提供者からのレポートが含まれており、マフィア数名がロバートやエドワード・ケネディ、義弟ピーター・ローフォードらのセレブ像に傷をつけようとし、NYで行われた一連のパーティーでフランク・シナトラやマリリン・モンローの力を借りて追い込もうとしていた。》
また、情報提供者のハモンド元夫人の証言に信憑性があることは、FBIによる声明からも読み取れる。
同エピソードは1965年8月3日に記されたメモ書きによるもので、同資料ではエドワード・ケネディーが猥せつな写真を撮られ、恐喝被害を受けていたことにも触れられている。
1969年、犯人はエドワードのもとへ、同氏やロバート、ジャクリーン・ケネディ(後のオナシス夫人)、マーティン・ルーサー・キング夫人、秘書のメアリー・ジョー・コペニクらの猥せつ写真を送りつけ、10万ドルと引き換えにコピーを報道機関に送らないと脅してきたのだ。
このエピソードが書かれたメモは、より大がかりな捜査の対象とされており、同事件の『スキャンダラス』な詳細部分の公表は、もうしばらくお預けとなる見込みだ。
どちらにしろ、《ディープ・スロート事件とは書かれたもので検証されているだけであり、また、アメリカで一、二の権力を誇るケネディ家と、数名のハリウッドスター、犯罪組織との関係については、長いこと真相はベールに包まれたままだと考えられていた…》のだ。
『Daily Telegraph』英紙の報道によれば、マリリン・モンローはケネディ大統領とにしろ、ロバート・ケネディとにしろ不倫関係にあったのだろうし、モンローはベッドでロバートから聞いた『内緒話』をシナトラに流し、それがシナトラと親交のあったマフィアに流れていたのだ。
一方、ケネディ家の家長ジョセフ・ケネディの方は、犯罪組織との関係を持ち財産を築きあげたと言われているのだが。

殺害脅迫 − FBIの同資料には1961〜85年までのケネディ一族の私生活の汚れた部分が詳細に記されているだけではなく、末弟エドワードが1980年に大統領予備選での敗北後、殺害脅迫を受け続けていたことにも触れられている。
ある別資料によれば、1968年6月6日、ロサンジェルスでロバート・ケネディを暗殺したサーハン・ベシャラ・サーハンは刑務所内で、エドワード・ケネディを殺害してくれる者を募ろうとしたことがあったと言う。サーハンは報酬として、《100万ドルと車1台》を提示していた。
今回、公表された資料によればエドワード・ケネディへの殺害脅迫は、《各種情報源、匿名の個人、各種団体(『K.K.K』や『国家社会主義白人党』など)から届いていた》とのこと。
おそらく同資料には超能力者を自称する人物らから送られた手紙についても記されているはずで、それには正確な死亡日時(エドワード・ケネディは2008年5月17日に倒れ、搬送先の病院で脳腫瘍が発見され、翌年8月25日に死去している)を予言しているので、直接会って話がしたい旨が書かれていた。
また、浮上してきた説によれば、1969年7月18日にマサチューセッツ州チャパキディック島で起きた事故について、当初よりエドワード・ケネディが関与していたことを知っていたにもかかわらず、FBIは一切の捜査を行わなかったと言う。
エドワード・ケネディの車が道路から海へと転落し、同乗してたメアリー・ジョー・コペニク(19才)が溺死しているのだが、正確な死亡状況については全く明らかにされていない。
実のところ、エドワードは同事故のせいで大統領予備選を敗北しており、伝記『True Compass』には同件について《許しがたいこと》と書かれている。

(日本語翻訳:La Chirico / 伊語記事:Corriere della Sera 2010年6月15日

政治家とマフィアのつながり…と言うのは、古今東西どこにもあるもんで、
第二次世界大戦で、コーザ・ノストラ(シチリアマフィア)が事前にアメリカ政府と結託し、シチリアへの米軍上陸を手配してやった…なんて話を最近、聞きましたが。
そのおかげでノルマンディー上陸作戦とは異なり、多数の死傷者を出すことなく上陸に成功した…と。

…で、その見返りとして、
当時、移民として渡米していたコーザ・ノストラが
どんどんアメリカでのし上がっていけたんだ…と。
うぅ〜ん、「なんだかモヤモヤするんです」クリックPrego

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2 Responses to JFKをはめろ!マフィア刺客はM.モンロー

  1. 苺のフレーズ 2010年6月17日 at 4:45 PM #

    興味深い内容ですね~☆
    真相が知りたいですね~

  2. chirico 2010年6月18日 at 5:23 AM #

    苺のフレーズさん、優しげな語り口で、なかなか渋い記事にも興味がありますねぇ〜。

    今年初めの話では、そのエドワード・ケネディの自伝『True Compass』が、まだ日本語翻訳されてないようでしたから、こう言うのが訳されると、日本でももっと新たな情報が浸透するんでしょうねぇ。

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