作家がマフィアと戦う方法【後編】:ロベルト・サヴィアーノ

世界中に散らばったサヴィアーノ・ファンの皆様、お待たせいたしました。
現在もカモッラ(ナポリマフィア)に命を狙われ、護衛付きの生活を送っている筋金入りのアンチ・マフィア作家ことロベルト・サヴィアーノが、イタリア大手紙『La Repubblica』に寄稿した長編記事の続きであります!
まだ【前編】をお読みでない方は、まず、こちらから、どうぞ。

イタリア 『こうして言葉が世界を変える』

[ 前編からの続き ]

しばしばアンチ・マフィアの歴史と言うのは、巨大な底意地の悪さの歴史にもなる。
気づいた時には「どうしたら一体こんな風になるのか…」と理解不能におちいるのだ。数々の悲劇と、明らかになっていること全てを前にしながら、どうしたら一体…と。
ペッペ・ディアナ神父の死や、ある男性の死、30才になるかならないかで殺された青年について。本人達に代わって、何年もの間、あらゆること全てが言われてきた。
色恋沙汰の果てに殺されたんだろうとか、どこかのファミリーにくっついてたんだろうとか。
真実を綴っていたからではなく、賄賂をもらっていたから殺されたんだと。
私は、我が国民への愛ゆえに語り続けよう。この愛が犯罪組織に煩がられているのだが。
ディアナ神父が綴っていた文書には、カザール・ディ・プリンチペと言う町に生きる神父としての進むべき道が記されていた。この地に生きる神父の使命は、語ること、訴え出ることであって、口をつぐむことではないのだと、はっきりと書かれているのだ。

死はこうして、語ったこと、行ったことが真実であったと言う証明になる。もしくは、腹の底から信じてきた最小限度のことにはなるのだ。
私のは、理解しづらい考えだろう。
読者に対し多大なる努力を求めていることは分かっている。しかし、言葉が持つメカニズムを理解するためには、決して無駄な努力ではないのだ。
ロシアの女性ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤさんが殺された日、ポリトコフスカヤさんの夫が、深い悲しみはもちろんだが、穏やかな、ほとんど安堵と言っても良いような感覚を抱いていると明かした。
このコメントは世間を驚かせた。
「なぜ穏やかだと?」
「安堵の気持ち?」
「一体どうして?」
その答えは、こうだ。
「少なくとも死んでしまったのなら、これ以上、名誉は傷つけられずに済みますから。」
アンナさんは亡くなる数日前に誘拐されかけていた。薬漬けにして卑猥な写真を撮り、それをゴシップ紙に流そうと言う魂胆だった。
この手のやり口に直面したならば、もはや死に訴えるしかない。
言葉を綴り生業とする者、ある権力を脅かすような言葉を綴り生業とする者は、その権力のせいで、己の威信と己の人生の両方は同時に手にすることができないと熟知している。どちらか一つだけ。己の人生を選びたいのならば威信は手放さねばならず、威信を取りたいのならば人生のほうを手放すことになるのだ。

多くの物書きや裁判官らは、この選択をしなければならなくなる。
私自身はここ数年、この手の恐怖に直面した多くの裁判官らと関わってきた。死の恐怖に加え、威信を汚されると言う恐怖。
この二重に科せられた足かせから、どうやって言葉を守ることができるのだろうか?
もはや一個人のものとは言えなくなっている言葉を。
私ひとりのものではなくなった言葉。10人の、15人の、20人の言葉でもなく、何百人と言う人間のものになった言葉なら、もうそれを認めざるおえないだろう。
なぜなら、たとえ認めまいとしても、その言葉はもはや別の物へと変わってしまっているのだから。たとえ、その言葉を最初に発した者が物理的に消去されても、もはや時遅し…なのだ。

『使い古された言葉』とか『権力に対峙する言葉』などの言い回しを放ったならば、度を越したセンチメンタリズムと非難されかねないことも承知している。
だが、ある一つの言葉を具体的なものにしたならば、日常において充分な実現力を持ち得るのだと言うことも、私は確信している。
言葉が本当にマフィアに対峙できる力を持つよう、休みなく続けなければならない。
大きな夢を抱いている作家達がいる。それは自分達の言葉で現実を変えられるようになりたいと言うもの。
自分達の言葉が、何年か経った時に、人々が進むべき新たな道筋を実際に示せるようになりたいと。
もちろん私だって、ドストエフスキーやトルストイが思想と言うものを変え、前に進ませ、影響を与えた瞬間など、誰にも抜き出せはしないのだと分かっている。
先の作家達の書いた物が出版された1ヶ月後、即座に物事が変わるなんてことはあり得ないのだ。
カフカの『変身』やオウィディウスの詩が持つ実際の影響力がどの程度のものなのかは、誰にも言えない。どれだけ人類を向上させたのか、どれだけ後退させたのか、それとも無関心にさせたのかは、誰にも言えないのだ。

しかし、生きているうちに、己の書いた本がまだ熱気を放っているうちに、己の言葉が現実世界の中でうごめく様を見ると言う可能性を、この珍しくもドラマチックな特権を手にした作家にならば、人々の態度を変えさせながら日常へと入り込んでゆく己の言葉の比重が、どれほどのものなのかが自覚できるのだ。
こう言った体験をした者は、言葉が持つ現実の威力は、まさに無限だと言うことに気がつく。
いや、それ以上だ。なぜならば、それはアナーキーな力なのだから。
共有することから、確信することから成る力と言うものは、もはやただの力でも言葉でもなく、それが受け入れられた際には、もはや疑念や恐怖を引き起すことはないのだ。
こうしたことが起きるのは、何かが変わりつつあるのだとと言うことを意味している。すでに変わってしまったのだと、もはや誰も、ある話題から目をそらすことはできず、ある領域、ある論理について知り得るのだと言うことを意味している。

私が生まれ育った土地は複雑で、物事は悪の力によって動かされている。
全てが連中の支配下に置かれ、下ネタから地元ニュースまで全てが連中の言い回しで表現されるのだ。
そう、まさに地元ニュースから発しているのだ。
私はそれで、自分が生まれ育った土地のことを伝えたかった。
そこでは毎日のニュースについて、広め方と言うものがあるのだと言うことを曝け出したかった。
キオスクで語られるニュース、それから喫茶店へとたどり着いた新聞が、食料品店を巡って床屋へと流れてゆき、ニュースは犯罪組織の表現や論理にぴったりと重なり合っていく。

この辺りの土地で新聞は、購買部数が極めて低く普及率も限られているものとされているだろう。しかし、まさにこの辺りの土地なのだ、それの流通が必要なのは。
ここでは、カモッラの論理に沿って伝達され、見解が構築され、それに読者を同調させなければならないのだ。
ここでは、司法協力をしている元マフィアを卑劣漢呼ばわりするのが、当たり前のこととされなければならないのだ。
犯罪組織と戦って殺された者は即座に、ひとりの人間としての良くあるつまらない側面を言及されるのが、当たり前のことなのだ。

連中の物の見方によれば、楯つく者と言うのは物事のシステムに対し楯ついているのではなく、もっと稼ぎたいから、もっと手を広げたいからそうしているのだ。
マフィアから寝返り司法協力する者は、ボスになれなかったからなのだ。
連中が告発してくるのは、我々が稼がせてやらなかったから、我々がついている地位を手に入れたいからなのだ。
こんなことを書き綴っているのは、連中の仲間になる度胸も度量もないからで、だからアンチ・カモッラなんかになるのだ。

これらの権力にとって根本要素とは、我々は皆、欠点があり、穢れ、二つの事を皆が追いかけているのだと具体的に示してゆくことなのだ。
二つの事とは、力(名誉と金と呼んでもいい)と女。いや、もちろん男でも良いのだが。
聖人でも英雄でもないだろうが、毛色の違う人間ではあるのだと、伝えてゆくことなのだ。
それは、あらゆる妥当な矛盾を抱えており、却って、それが人々を不快にさせたり、恐怖を与えたりするのだと。
なぜならそれは、生活を損なう必要もなく、完成なり犠牲なりの域に到達する必要などもなく、そうなり得るものだと認めるようなものだからだろう。
堕落もせず、ただ単に堕落するわけでもなく、ただ、妥協する気になれば良いだけだと。

犯罪組織に対峙する立場をとる者は、多くの人間から「なぜ、そんなことをするのか?」と訊かれる。
ここに1人のランナーがいる。アスリートでも100m走の記録保持者でも良いのだが、そのランナーが一度、「なぜ、走ることにしたのですか?」と訊かれたことがある。
その答えを、私は私自身への、そして毎回、「なぜ、この手のテーマを取扱っているのか?」「なぜ、こんな生き地獄のような生活を続けているのか?」と訊ねてくる者達への答えとしよう。
「なぜ走るのですか?」と訊かれたランナーの答えは、こうだった。
「なぜ走るか…?あなたは、なぜ立ち止まっているのですか?」

私もこんな風に答えたい。
「なぜ語るのか?」と訊かれたら、単純に、こう答えるのだ。
「…じゃ、あなたは、なぜ語らないのですか?」

[ 完 ]

(日本語翻訳:La Chirico / 伊語記事:La Repubblica 2010年3月25日

読者の皆様、前後編に渡って長々とお付き合いいただき有難うございます。
ロベルト・サヴィアーノの記事って内容が内容のせいなのか、本人の生き様が伝わってくるせいなのか、
翻訳しているこっちまで、まるで巡礼の道でも一歩一歩進んでいるような気分になるんです。

サヴィアーノの翻訳で
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