イタリア若者、親の七光り事情【前編】

イタリアのTVって、毎年毎年同じような映画を放映してるんですが、そんな常連映画の中にイギリス作品『リトル・ダンサー』があります。
炭坑夫の息子がバレエダンサーを夢見る…と言う、コメディタッチながら泣ける映画で、うろ覚えですが「労働者の息子は、労働者にしかなれない」なんてセリフがあったと記憶してますが。
実はイギリスだけではなく、ここイタリアでも似たようなことが言われているんです。
確かに、社会階級制度もあるにはあるんですが、問題はそれだけじゃなさそうですよ。

 

 

 

イタリア 『親の七光りの国イタリア、収入は世襲制』

どこの産婦人科でもいいから行ってみて、隣り合った2つのベビーベッドを見てみるといい。
良く似た2人の新生児が目に入る。共に健康で、元気いっぱいな赤ん坊だ。
しかし最早この段階で、こう言うことができるのだ。この2人が大人になった時、左側の赤ん坊の方は右側の赤ん坊よりも2割りは多く稼げるようになるだろう。例えば、かたや2,000ユーロ(約25万円)の月給ならば、かたや2,500ユーロ(約30万円)と…。
一体、どうしてそんなことが言えるのか?
単純な話である。
左側の赤ん坊はエンジニアの息子。
だが、右側の赤ん坊だって、物乞いの息子と言うわけではない。父親の職業は会計士だ。
父親両名の職業に大きな差があるようには思えないのだが、2人の赤ん坊の将来、その所得額について言い切るには充分なのである。
そして、もっと右側の3人目の赤ん坊については、こう言えるのだ。大人になったら月給1,500ユーロ(約18万円)で働くこととなるだろうと。この赤ん坊の父親は工員で、中流の下レベルに属しているのだから。

これが社会に確固と根付いた一面である。それに伴う社会的、経済的なヒエラルキーは不変で、個人の資質はさほど問われず、キャリアを上ってゆける可能性は、最低限であり当てにできない程度にしかない。
大体においては周知の事実なのだが、ここに至って『Ocse(経済協力開発機構)』が、それが証明した。次回、発行される『A Family Affair』なる研究は産業諸国を対象とし、同団体が入手したデータや統計資料により、先進国における各年齢層での社会的移動(訳者注:社会的地位が変化することを指す)が検討されている。
その結果、社会的移動が活発な国々(オーストラリア、カナダ、北欧諸国)と、遅滞や障害が見られる国々(地中海諸国、およびフランスやアメリカや英国等のいわゆる『進んだ民主主義国家』)の間に、明確な溝ができていることが分かったのだ。
そして、イタリアはほとんど全ての基準において、社会的移動が緩慢な先頭グループにいる。
未来が改善されることもない。なぜならば諸外国に比べ、イタリアの社会的移動の中ではポジティヴ面のひとつである国公立学校が、システム改革の方向性と言う点で不確かなものに映っているからだ。

それでは、父親の所得がどれほどの影響力を持つと言うのだろうか?
イタリアでは、ほぼ50%と言うところ。
『Ocse(経済協力開発機構)』の統計調査によれば、イタリアでは子供の所得と言うのは、両親の所得の影響下で決まると言われている。
つまり平均的には、たっぷり稼ぐ父親は、稼ぎの少ない父親に比べ、その所得から得ている恩恵の半分を自動的に自分の子供へとスライドできると言うのである。個人の才能や経歴はさておいてだ。
その割合は、英国よりはギリギリ上をゆき、フランスやアメリカよりギリギリ下と言うあたり。デンマークやオーストラリア、ノルウエーでは、いわゆるこのような『世襲』は20%にも達しない。結果としては、どのような出自かにより、収入において格差があると言うことなのだ。
例えば、父親が大卒と言うのは、一種の保険証書のようなものである。イタリアに限らず(フランスやイギリスに比べ、差は目立つが)、エンジニアの子供が父親に倣って大学以上を修了する可能性は、工員の子供と比較するならほぼ60%、また、会計士の子供と比較するなら30%以上となる。
と言うのも、家庭内に学位を有する者がいると言うことは、暗に文化的にも社会的にもより有利なバックグラウンドを持つと言うことになるからなのだ。
イタリアで平均して、大卒者の子供は親が中卒以下の子供に比べ、50%以上の高所得となっている。父親の学歴が浅い場合、子供の所得がさらに低くなるのはポルトガルとイギリスのみ。フランスでは親の高学歴による恩恵は20%で、オーストリアやデンマークでは10%未満となっている。

多くの人間が社会的な公正さを問うところだろうが、それについては『Ocse(経済協力開発機構)』は問題視していない。
良きにつけ悪しきにつけ、『親の七光り』が存在する社会は、先進国の組織にとって、何よりもまず経済的な問題となるのだ。
要するに、リソースが大いに無駄にされると言うわけである。
『A Family Affair』には次のように書かれている。
「まず、移動の少ない社会では、才能や能力と言ったものは無駄になりやすく、もしくは活用されないと言う傾向がある。次に、機会が平等に与えられにくいと、モチベーションや努力の度合いに影響を及ぼし、最終的には、総合的な能力や経済成長ポテンシャルに悪影響を与え、市民の生産力を左右することとなる。」
おそらく1990年代から今日まで、イタリアで長く続く景気停滞については、説明しえる社会の保守的傾向があるのだろう。
イタリアの社会的な仕組みの中の不動性に拍車をかけているのは、実のところ、所得額や家庭の豊かさにおける甚だしい格差なのだ。
『Ocse(経済協力開発機構)』の研究結果では、国内における社会的格差が高いほど、その国の移動率が低くなると締めくくられている。そしてヨーロッパにおいて、イタリアは格差の割合が高い国のひとつなのである。
[ 後編に続く ]

(日本語翻訳:La Chirico / 伊語記事:La Repubblica 2010年3月3日付

 

 

 

さて、今回の記事、それなりにボリュームがありまして。
久し振りに、前後編と分けましたので、続きはまた明日!

 

 

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2 Responses to イタリア若者、親の七光り事情【前編】

  1. MIS 2010年3月10日 at 2:39 PM #

    Ciao! Come stai?
    そんな裏事情、ここでしか知る事が出来ませんね~(汗)
    毎回情報有り難うございます☆
    イタリア人友人と会話をする時に、何となく背景を把握していれば言わんとしていることが掴めるような気がしています(笑)
    (たまたま、イタリアのシエナを舞台にした小説を書いている、という事もあってか・・・)

    続き、すごく楽しみにしています。お疲れ様です。
    しかし前記事の乱交記事・・・なんであんなに大きいの、胸、とか思ってました(笑)
    自分のと比べてしまっている辺り、間違ってますけども。

  2. chirico 2010年3月11日 at 7:37 AM #

    Sto bene. Grazie!E tu?

    MISさん、こちらこそ、またまたコメント有難うございます。
    シエナを舞台にした小説ですか…すごいですねぇ。
    実は、わたし、このブログを始めた時、
    「小説やシナリオを書くための、素材や参考資料にしてもらえたら嬉しいな〜」とも思っていたので、そう言った活動している方も読みにきてくれるようになったか…と感慨無量です。

    欧米人女性の胸ってねぇ…なにかの間違いなんじゃないかって思えてしまいますよ、時々。
    こちらでTVを見てるとね、この番組内容で、この年代の司会者なら、もう『谷間』を見せる必要ないだろうって思うことが頻繁にあるんですが。

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