愛人?パヴァロッティ未亡人が!?:ボローニャ市長横領事件

ルチアーノ・パヴァロッティと言えば、イタリアが誇るオペラ歌手。
世界3大テノールと称され、2007年に71才でお亡くなりになったのですが、2003年末には34歳年下の女性と再婚しておりました。
話は変わって、つい先日、イタリア北部ボローニャ市のデルボーノ市長とやらが、公金横領などの容疑で辞任したんですが…
実は、このデルボーノ市長に引っ張られて、パヴァロッティの若き未亡人がボローニャ市の評議会議員になっていたんですよ。

 

 

ボローニャ 『私が愛人?デルボーノ元市長に盛られたのと同じ毒です』

噂は広がり、そして、ニコレッタ・マントヴァーニさん(写真右側)も、そのことを知っている。
「もちろんです。すべて、はっきりしていることじゃないんですか?
評議会議員になって欲しいと、私は言われた。それで自動的に、私は市長の愛人ってことなるわけです。結局のところ、私は女ですからね。女性がキャリアを積むための唯一の方法は、自分の上司と寝ることだって、そう言うことなんでしょ?明快ですよね。まったく情けないやら、うんざりするやら。」
ボローニャ市で文化促進部門の評議会議員を務めていたニコレッタさんは、自宅があるモデナ市へと引上げてゆく。
市庁舎の中庭の突きあたり左側、戸籍課の隣がニコレッタさんのオフィスだ。
ニコレッタ・マントヴァーニと言えば、世界3大テノールと讃えられたルチアーノ・パヴァロッティの未亡人であり、一地方行政の中では唯一の著名人である。
モデナ市の自宅へ向かうため、自動車にはエンジンがかけられた。夕暮れ時、暇乞いの気配が漂う。急ぎ足で階段を駆け下りるニコレッタさんは、相変わらずエレガントだが、その表情は硬い。
「貴方でしたら、そんなものだと思われますか?このことを記事に書こうって、度胸のある記者さんもいましたけどね。
もし、わたしが男だったら、絶対にこんな風にはなってませんよね。人として、特に女性として侮辱された気分です。」

遅かれ早かれ、こうなっていたのだ。
すべてが崩れ落ちてきた時、防備のしっかりしている者が助かるものだ。
ニコレッタさんはと言えば、自分自身を、自分の人生の物語を演ずるのみ。
かつては別の物語をこしらえようとしていた。いわゆる、ニコレッタさんがイベント行事を企画し、実行するのに長けていると言うことを示した物語。
今もなお漂う『汚れのなさ』で、この7ヶ月間を過ごしてきたのだ。
自然と怒りがにじみ出てくるものの、政治的な狡猾さに汚染されてはいない。
「不思議なことに、今になって初めて当てこすりや偽善的な感じが出てきたんですよ。卑怯な感じと言うか、今、ここに漂っている雰囲気です。
評議会議員を『外部』から連れてくるのを始めたのは、デルボーノ元市長(写真左側)ではなくてザンゲリ元市長だって聞いてますけど。少なくともデルボーノ元市長は、この件に関しては責任ないわけです。
こんな風になってしまってね。私達は皆、良く働いていたんですよ。良いチームでした。家族と言ってもいいくらい。ボローニャの町で良く言われていたように、一心不乱に仕事に取り組んでいたんです。上手くゆくはずだったのに。」
戸籍課にいた守衛がニコレッタさんを見ると、泣かんばかりにこう言った。
「優しくて、責任感のある人ですよ。後任には誰が来るものやらねぇ。」

秘書が「もう遅いですから行きましょう。」と催促しても、ニコレッタさんはまだまだ語りたい様子だ。ぶちまけたい気分なのだ。
まだわずかしか話しておらず、記憶をたどってゆくには時間が足りない。
「経験豊富な評議会議員の皆さんが、スピーチのレッスンをしてくれたんですよ。どんな風に話せばいいのか、内気な感じにならないようにね。ちょっとしたテクニックがあるんですよ。その評議会議員の方々や、一緒に働いていた同僚全員、それから私に手を貸してくれた親切な方々から吸収したんです。ここには、すぐに馴染めました。」
しかしながら、ここの荷物をまとめなければならない時が来てしまった。
「先日、デルボーノ元市長が挨拶に来てくださいました。私達に向かって謝罪されて、それから、この何ヶ月かの間に私達がしてきた仕事に感謝されて。私が泣いてしまったことは隠す必要ないです。こみ上げてきてしまってね。」
とにかく、ここを引上げ、家へと帰るのだ。
だがその前に、就任した際には『初心者』と命名され、同じものがどんどん重なってゆくだけの町ボローニャに新風を吹き込むべきやって来たこの「よそ者さん」は、言葉少なに己が何者であるかをボローニャ市民に向かって示す。
ここ何日かの間、口を閉ざし、何事もなかったかのように振る舞い、ただ個々の些少な生き残り活動に励む者だらけの、常とは異なるボローニャ市民に向かって。

「デルボーノ元市長が受けた報いはあまりに大きすぎると、私は思っています。まったくの孤立無援にされるなんて。確かに、間違いを犯した可能性はあるでしょう。ただ、過去に例のないような毒を盛られてしまったのです。善戦した敵に与えられるべき栄誉さえ許されなかったのですから。」
だから今、ニコレッタさんがその栄誉を与えているのだ。
党からも、頼りにしていた町からも、すべての人からも光速で捨てられ、飲み込まれてしまったデルボーノ元市長を擁護するのだ。
「いつも他人の話を良く聞き、権力を振りかざすようなタイプではないと言うことを示されてました。自分の意見を押し付けるのではなく、良く話し合われてね。」
ニコレッタさんは悲しげな笑みを浮かべて、退任してゆく。
最終的に、ニコレッタさんの経験のなさは、「溺れる犬を棒で叩く(他人の不幸を喜ぶの意)のを拒むこと」と言い換えられる。
「溺れる犬を棒で叩く」と言えば、ここ最近、ボローニャの町で流行っていたことなのだが…。
「皆、慌てて船を見限りますよね。いつも大体、自分達の利益のためにね。まったく、ひどい見せ物ですよ。
デルボーノ元市長は、私にこんなに素晴らしい経験をさせてくださった方です。残念なことに、あっと言う間に終ってしまいましたが。
それぞれが自分の頭で考え、その結果、行動するものでしょ。去る前には礼ぐらい言うものだと、私は教わりましたので。」
(2010年1月28日 Corriere della Sera)

 

 

 

ここ最近、イタリアの政治がらみの記事は

『Complotto(コンプロット:陰謀)』

と言う単語を知らずには読んでいられないって感じです。
ちなみに、このデルボーノ市長は、元秘書兼交際相手だったチンツィアさんと言う女性に公金横領を暴露されたため、今回の事件は通称…

『チンツィア・ゲート事件』

なんて呼ばれております。

 

 

 

あの世ではパヴァロッティが
『神に祝福された声』で嘆いてるぞ!
と思う方はクリックPer favore
         ↓
ブログランキング・にほんブログ村へ人気ブログランキング 海外ニュース ブログランキングへ


Pocket

No comments yet.

コメントを残す

スパム防止の為、計算に答えて下さい * Time limit is exhausted. Please reload the CAPTCHA.

Top