マフィアが元首相を救出!?:赤い旅団モーロ誘拐事件とンドランゲタ【最終章】

暮れも押しせまった、こんな慌ただしい中、ついに【最終章】にたどり着くことができました!
一応、当記事についてざっと説明しますと、イタリア大手紙『La Repubblica』を発行している出版社が出している週刊誌『L’espresso』の記事を翻訳したものであります。
1970年代末、左翼テロリストの『ブリガーテ・ロッセ(赤い旅団)』によって誘拐されたアルド・モーロ元首相を救出すべく、ンドランゲタ(カラブリアマフィア)が奔走していた…と言う内容なんですが。
とにかく、謎の多い同事件、今後はいかに展開することやら…。
おっと、当ブログへ初めてお越しの皆様は、まず【第1章】【第2章【第3章】の方から、どうぞ。

 

 

イタリア 『俺はモーロ元首相を救出しようとしたんだ』

こんな手紙の後では、この誘拐事件が最悪の結果へと突き進んで行くかもしれないのは明らかなことで、俺の方はと言えば、今回の任務を果たせないのではないかと危惧していた。
状況は悪化し、モーロ元首相救出の望みが薄くなってゆくなか、再度ピーノ諜報部員からのコンタクトを受け取った。Sismi(イタリア共和国諜報機関)のトップであるジュゼッペ・サンソヴィート大佐(編集部注:イタリアに拠点を置くフリーメイソン・ロッジP2のメンバーである)が、俺に会いたいと言ってきたのだ。
ことはこんな風に起き、それからすぐにピーノ諜報部員によって俺はローマのSismi(イタリア共和国諜報機関)本部へと連れて行かれた。
サンソヴィート大佐は世間話の後、俺がグラドーリ通り96番地のマンションに関し正確な情報をつかんでいるかどうかを訊いてきた。その住所については友人らから聞いていると答えると、サンソヴィート大佐は、
「すべて真実だよ、フォンティ君。モーロ元首相を解放する時がきたと言うわけだ。」と言い、そして最後に、
「ピーノ諜報部員を通じて連絡を取り合いましょう。」と付け加えた。

翌朝の4月9日の日曜日(もしかしたら10日の月曜日だったか…)に、俺はローマを後にし、レッジョ・カラブリア県サン・ルーカ市にいるボス、セバスティアーノ・ロメオのもとへと急いだ。
俺は満足していた。『赤い旅団』の隠れ家もおおよそ見当がつき、そのうえサンソヴィート大佐からは、近々モーロ元首相が解放されると告げられたのだ。
しかし、ボスが俺の話を半時ほど注意深く聞いた後に放った言葉は、俺を打ちのめした。
「お前は良くやったよ。」と言いながら、ボスはこう言った。
「ローマでは警察の連中が考えを変えたってのが惜しかったな。ここに至っては、俺らは俺らのことだけやってれば良いってさ。」
こんな返事がかえってくることは予想もしていなかった。馬鹿げている。瞬間、俺は黙り込んだ。ローマでの俺の働きが無駄だったと…。
俺はヘトヘトで苦々しい気分になった。ローマで俺はやるべきことをやったのに、今となっては、そんなことは気にもかけるなと。イタリア政界全体が気にもかけていないのだから。
俺は全身全霊をかけてそうしようと試みたが、駄目だった。
俺はンドランゲタの中でも『木の幹』(編集部注:ンドランゲタ組織図のメタファーとして『知恵の木』と言うものがあり、『木の幹』は幹部クラスに上がるために必要とされているコードのこと)を与えられたトップクラスのメンバーであり、時と場合によっては嫌と拒否できるタイプの人間なのだ。そして、今がその時なのだ。
俺はボヴァリーノ市に戻ると、ローマ警察へ自分のことをロッコだと名乗って電話を入れた。
「ローマのグラドーリ通り96番地に行ってみてください。そこにがアルド・モーロを監禁している人間がいますから。」と、はっきりと交換手に向かって伝えると、
「どちらから電話をしているのですか?」と警戒した声が返ってきた。
「どちら様ですか?」と、しつこく聞いてくるが、もちろん返事はしない。
俺は受話器を置き、これ以上はなにも考えないよう誓った。

しかし、誓いは守られなかった。それからほどなくして、1978年4月18日、グラドーリ通り96番地の隠れ家は、奇妙な雨漏り事故のために発見されることとなる。
もちろんのこと、そこに『赤い旅団』がいたと言う痕跡は出てこなかった。ここに至って、理由は良くわかる。痕跡を探す気がなかったからだ。
しかしその後、1990年になって俺はミラノのオペラ刑務所で、『赤い旅団』のボスであるマリオ・モレッティ(右写真)と会うことになる。
モーロ元首相を殺害したと認めた男で、偶然にも俺は一緒にインフォメーション講座を受講していたのだ。俺達はずぐに親しくなり、奴は俺が何者なのかを良く知っていて俺に敬意を抱いていたし、こちらの方でも同様だった。あの日が来るまで、俺達は上手くやっていたんだ。
あの日、俺達が一緒にコンピューターをいじっていた時、監視官が奴に封筒を渡して、こう言った。
「モレッティ、いつもの手紙が来たぞ。」
奴は隠しもせずに開封し、中から銀行小切手を抜き出し、裏に署名をして自分の口座に入金できるようにした。それから俺に向かってこう言ったんだ。
「おデブさんよ。これはな、内務省から定期的に届けられる給料なのさ。」
俺はその時、これは受刑囚同士で交わされる冗談みたいなもんだって思ったんだ。だが、違った。それからしばらくして、『赤い旅団』のメンバーで、確かロンバルドとかって名前の奴が、俺に打ち明けてきたんだ。
モレッティのもとへ金が届くよう、奴をインフォメーション講座の講師扱いか何かにして、その報酬って言うことにしているのだと。
俺は1人つぶやいた。
これはアルド・モーロ誘拐事件にまつわる数ある謎のひとつ、この悲劇の中のグレーゾーンのひとつなのだと。
− 完 −
(2009年9月22日 La Repubblica/L’espresso)

 

 

話はちょっと変わりますが、今年の秋頃、イタリアで起きた
『ラッツィオ元州知事への恐喝事件』…。
当時、現職のラッツィオ州知事だったマラッツォ氏が、とあるマンションの一室でニューハーフと密会していたところを警察官に乗り込まれ、なんと、その警察官から恐喝されると言う、とんでもない事件でして。
その後は事件に関わった別のニューハーフやら、ニューハーフの斡旋人やらが次々と殺されながらも、いまだに多くは謎のまま…。
そっ、それでですね、その『とあるマンション』と言うのが、なんとアルド・モーロ元首相が監禁されていたのと同じ、ローマのグラドーリ通り96番地のマンションなんですよ。
さすがに部屋は違うようなんですが、ただの偶然なのか、それとも風水的に犯罪の起こりやすい場所なのか…。

あっ、それから、ちょうど12月1日から始めた、このアルド・モーロ記事。
今まで、そっと心の片隅で応援し続けてくださった皆さん、本当に有り難うございました。
なんとか無事、終了できましたので、あの、おせちに飽きた時にでも、どうぞ、ご感想、ご意見、ご指摘などお寄せいただけたら大感激であります。
 

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2 Responses to マフィアが元首相を救出!?:赤い旅団モーロ誘拐事件とンドランゲタ【最終章】

  1. TOLOS 2009年12月30日 at 5:11 AM #

    いつも興味深く拝見させていただいております。
    グラドーリ通りには知人が住んでおり何度か足を運んだことがあります
    約1年前には殺人事件、半月ほど前には96番地の向かいのアパートで爆破事件が起こりました。
    このブログはイタリアの生の情報源として毎日見ています。

  2. chirico 2009年12月30日 at 6:51 AM #

    TOLOS様、電光石火のコメント、有難うございます。
    あまりの早さに唸り、内容にまた唸り声をあげてました。
    (ホントにあげた)

    いや〜、スゴいですね。
    そんなに事件が多発してる区域なんですか、グラドーリ通りって!!
    やっぱり、風水なんでしょうかね…。

    毎日、当ブログを見ていただいてるとのこと、重ねて有り難うございます。
    TOLOSさんのブログも、早速、お邪魔させてもらいました。
    実は昔々、ローマには1ヶ月ぐらいだけ居たことがあるもんですから、美しい写真の数々、懐かしく楽しませてもらいました。
    また、ちょこちょこ、お邪魔させてもらいますね。

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