マフィアのとばっちり、南部じゃ当たり前…

今年6月、イタリア南部で35才のマフィア組員がサッカーの試合中に銃殺されると言うニュースがありました。
そのサッカーの試合と言うのはマフィア・チーム同士でやってたわけじゃなく、一般地元民の毎週のお楽しみだったそうで、普通に子供も参加しており…。
21世紀の先進国イタリアの南部地方では、こんな映画の1シーンみたいな事件が平気で起きてしまうわけです。

 

 

クロトーネ 『南部に住んでるせい、サッカー試合中の少年銃殺』

そこはパラシュート部隊も助けには来ない戦場だ。罪なき者達が声も上げずに倒れ、音もなく崩れ落ちてゆく。3ヶ月もの間、死の縁をさまよった挙げ句に死んでゆくのだ。
ンドランゲタ(カラブリア・マフィア)の下部組織による密売と恐喝のため戦場と化したクロトーネの町では、巻き込まれ犠牲となるのは子供達だ。

ドメニコ・ガブリエレ君(11才)は活発な少年だった。サッカーと学校が大好きで、通信簿には10点満点がならび学年末には表彰されたものだった。
ドメニコ君は3ヶ月におよぶ昏睡状態の末、一昨日の9月20日に亡くなった。マフィア間の報復による流れ弾の犠牲となったのだ。父親と一緒にサッカーに興じている最中だった。事件発生から3ヶ月経った今でも、犯人はわかっていない。

郊外の野っ原の真ん中に建つ、飾り気のない小さな家がドメニコ君の自宅だ。ここで一日中、肩を落とすドメニコ君の両親の周りを界隈の人々が取りまいていた。
ドメニコ君は1人息子だった。父親のジョヴァンニさんは、
「ここ南部で誰か死んだ時、それが罪のない小さな子供だったとしても、誰も驚きはしません。ローマ当局は気づきもしない。犯人を捕まえて、とことん裁いてもらわなければ。」とつぶやく。
何年も前から派遣社員として働くジョヴァンニさんには、あらゆる家計の出費がのしかかってくる。この真面目な家族は自尊心の陰に一家の窮乏を隠してきた。ドメニコ君が昏睡状態で入院中、電気料の支払いが一時的に滞り、家の電気を止められたこともあったのだ。

6月25日夜のクロトーネ市北部の郊外、ドメニコ君らが試合をしていたサッカー場でマフィア組員1名が銃を乱射した。狙いはガブリエレ・マッラッツォ。クロトーネの裏世界で急に頭角を現してきた補佐役であり、悪いことにドメニコ君が出ていたサッカー試合に参加していたのだ。
ドメニコ君の他にも11名が負傷し、現在、クロトーネ検察庁のサンドロ・ドルチェ検察官により捜査が行われている。また、今回の報復劇にはクロトーネから北部に渡る町の3つのマフィア下部組織が関わっており、現在、警察により事件を組み立て直す作業も行われている。

周囲にはフェンネルとブロッコリーの畑が広がる中、ドメニコ君の家は電気も付けず真っ暗だ。
家の中にはドメニコ君が学校で書いた作文や、ロータリークラブから贈られたプレートが飾られている。事件が起きた夜のほんの少し前に贈られたのだと言う。母親のフランチェスカさんは、
「ドメニコはユヴェントスとデル・ピエロ選手が大好きで、ほんの小さな頃からサッカー選手の考えとか仕草をカードに書いてはまとめてたんです。」と言い、息子をいつもの愛称で呼びながら、
「ドドーはね、あの夜、父親の背中を押して、いつもやってるサッカー試合に引っ張って行ったんですよ。家から数キロの所にあるサッカー場にね。そしたら、10時をちょっと回った頃に、あのライフルでのめくら撃ちが始まって。」と話す。
父親のジョヴァンニさんの話は、もっと悲痛だ。
「ドメニコとは交代で試合に出ていたんです。あの子はダイエット中だったものですから、余計に試合に出たがって。体重を落とすのにね。10分おきに私はフィールドから下がって、あの子に入るように合図を送っていたんですよ。あの子が倒れたのはそんな時でした。最初、銃声だと思わなかったんですよ。爆竹の音なんだろうと。だけど、すぐにドメニコが倒れて。私は息子を抱きかかえて、できる限りの大声で叫びました。ドメニコは私の方を見てましたが、もう、ここには居ないと言った感じでした。」

そこから長く苦しみに満ちた日々が始まった。
当初はクロトーネの病院へと入ったが、その後、カタンツァーロ病院へ転院し、2度に渡る手術で肝臓での出血を抑え、脳内の銃弾が摘出された。
母親のフランチェスカさんは言う。
「毎日、病院へ通って、手を握ってあげてたんです。息子は話すことも動くこともできないって言われていたんですが、でも反応はありました。私に手を預けて、涙を流すんです。私はそれを拭いてあげて…。」
大変に聡明な子供で、フランチェスカさんの話によれば1年程前、ドメニコ君が小学4年生の時にベルルスコーニ首相に手紙を書き送ったと言う。自分の家族を助けて欲しいと訴え、
「総理大臣はたくさんの家族にお金をあげてますが、仕事のない僕たちのような家族にはくれないのですか?僕には弟も妹もいません。お父さんが“今の生活では無理だから”って言うからです。」と書いたのだと。

ドメニコ君の家族は孤立し、苦しみの中でこの悲劇を背負ったのだ。ドメニコ君が亡くなる1週間前になって、県とクロトーネ市の行政から必需品など支援の手が差し伸べられた。ドメニコ君の叔父にあたるエルネスト・チェラルディさんはこう言う。
「州行政からは全くなんの連絡もありませんでした。テレビでは何かしたい気持ちはあると言ってましたがね。我々、南部に住む人間は見捨てられているんですよ。私は国を治めてる人に、ベルルスコーニ首相に言いたいですよ。冗談ばかり言ってないで、ここカラブリア州の、クロトーネの町に住む多くの善良な家族が苦しんでいることに気づいてくれって。ここじゃ多くの家族が自分達の収入で1ヶ月食べていけないんだ。甥っ子はサッカーの試合中に殺され、それを誰も取り上げてもくれない。情けないと思わないのか、イタリアは。」

今日、ドメニコ君の葬儀が行われる。市行政からは市民葬にすると告示されている。ジュゼッペ・ヴァッローネ市長は、
「我々はご家族の近くに寄り添っております。犯人は必ず逮捕されなければなりません。」と話している。(2009年9月22日 La Repubblica)

 

 

現在、マフィア撲滅に挑んでいるイタリアの検事が、以前、TVのインタビューでこんなことを言ってました。
「いつの日か子供達に “昔々、イタリアにはマフィアって悪い人達がいてね……” と話せる日がくれば良いのですが。」

 

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2 Responses to マフィアのとばっちり、南部じゃ当たり前…

  1. ぴの 2009年9月26日 at 2:43 AM #

    以前、高速道路で爆弾襲撃にあった検事の話が授業中にあったのを覚えています。その人は教科書にも載っていてマフィアと戦った正義の先鋒としてイタリアでは有名人らしいですね。

    コーサ・ノストラ、ンドランゲタ、カモッラ・・・たとえ外国人でもイタリアに住むならば避けて通れない名前です。

  2. chirico 2009年9月26日 at 5:59 AM #

    ぴの様、コメントありがとうございます。
    その検事と言うのは、ジョヴァンニ・ファルコーネのことですね。
    イタリアでは、同じくコーザ・ノストラと戦って殺されたパオロ・ボルセリーノ検事と並んで有名ですが、日本の教科書にまで載っているとは思いませんでした。
    実はこちらでは、どちらかと言うとボルセリーノ検事の方が印象が強いようで、ドラマ化されたり、今でも新聞記事で取扱われたりしています。
    今度、この両判事絡みで興味深そうな記事が出たら翻訳してみますね。

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