マフィアの『外務大臣』逮捕:コーザ・ノストラ(シチリアマフィア)

サミットに向けて、いよいよ麻生首相もイタリアに到着したようですね。
しかしイタリアのナポリターノ大統領から「サミットが終わるまでは与野党での争いは自粛するように」と鶴の一声があったせいなのか、報道規制でもあるのか、とにかくサミット絡みでは日本紙の方がくわしいぐらいです。
…と言うわけで、先月下旬の話になりますが、最も危険なイタリア人の1人、ベネズエラで逮捕 朝日新聞の関連記事でも、どうぞ。

 

 

パレルモ 『麻薬取引の帝王、ミチェリ逮捕』

カラカスでは優雅に暮らしていた。ホテルや住居は頻繁に変えていたが、シチリアへの電話が多すぎたのだ。こうしてサルヴァトーレ・ミチェリ(63才:写真左は1993年当時)が逮捕された。
マフィアから寝返って司法協力した者達からは、コーザ・ノストラの『外務大臣』と呼ばれていた。8年間の逃亡生活の末、インターポールの協力の下にカンバーランドホテルの前で逮捕されたのは、イタリア時間で朝の4時、ベネズエラでは土曜夜11時のことだった。
警察に呼び止められた際、ミチェリはシチリア出身のカップルと一緒で、その後、カップルは数時間後に釈放される。ミチェリの方は完璧なスペイン語を話しながら、警察をまこうとしていたのだが、指紋採取カードを目の前にするとイタリア人警察官に向かってイタリア語でこうつぶやいた。
「わかったよ、ここまでにしておこうか。私が、お探しの者だよ。」
司法協力者らによれば、ミチェリがシチリア北西部のトラパーニ県サレーミ市でマフィアのボスの座についていた時、通称『金の卵を産むニワトリ』と呼ばれていたと言う。ンドランゲタ(カラブリア・マフィア)との取引関係や、ンドランゲタ経由での取引先で新ビジネスの供給源である南アメリカの麻薬業者との関係が所以だ。
それゆえに、ミチェリはコーザ・ノストラのエリートらから羨望され、そして、妬まれることもあった。
90年代初頭、ジョヴァンニ・ブルスカと言うマフィア組員が地方の幹部組織に、ミチェリを抹殺する許可を願い出たことがあった。ミチェリがパレルモのマフィア下部組織に流されるドラッグを大量に横取りしていると言うのが理由だ。しかし、ミチェリの援護にトラパーネ市の若きゴッドファーザーであったマッテオ・メッシーナ・デナーロ、現在のコーザ・ノストラの首領の権威ある一声が響き、ブルスカは少数派に回ることとなる。
ミチェリは飛び歩き、コーザ・ノストラに影響を及ぼす全マフィアとのコンタクトを取り続けた。ここ20年間、警察は幾度となくマフィア・ボスらの家を盗聴した。一度、ミチェリが、「シチリアは世界で一番美しい土地だ。」と言ったことがあったのも、自分達のビジネスにからめての話だ。
「シチリアじゃ、混ざりっけのないやつがさばける。客はまとまった額が払えるから。ローマだって、こうはいかない。」
2001年には、ベルナルド・プロヴェンツァーノの相談役であるピーノ・リパーリに、マフィア組織の新たな戦略を説き伏せて驚かせたこともある。「お遊びを立て直す」には警察を黙らせなければ。ビジネスって言うのは落ち着いてやるものだ…と言うことで意見はまとまった。
サルヴァトーレ・ミチェリが抱え続けている秘密は数多い。ドラッグの国際的な流通について。マフィア間の協定やコーザ・ノストラの埋蔵金について。
パレルモの検察ではミチェリのイタリアへの身柄引き渡し請求の手続きが進んでいる。ミチェリがイタリアに着く日も近い。
(2009年6月22日 La Repubblica)

 

 

6月30日、サルヴァトーレ・ミチェリのイタリアへの身柄引き渡しが無事に行われました。
ちなみに、記事内に登場するおもなマフィア組員については、下記をご参考ください。

ベルナルド・プロヴェンツァーノ(75才):サルヴァトーレ・リーナの相談役、後継者。‘06年に逮捕、終身刑で収監中。

マッテオ・メッシーナ・デナーロ(46才):シチリアのトラーパニ県のボスで逃走中。動向は当局に知れている。

 

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シチリア・マフィア − 詩の掟 −


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