マフィアの不動産の行方、ンドランゲタは北が拠点【後編】

昨日に引き続き、『マフィアの不動産の行方、ンドランゲタは北が拠点』の後編です。

 

 

イタリア 『不動産マフィアの北部支店』

そのバール(喫茶店)も80年代より、ドラッグを理由に閉開店をくり返してきた。昨年になってやっと正規の商店を営む協同組合へと付託されたのだが、いまだ改築作業に苦労している。
また、同じくミラノの話だが(イタリアの対マフィア組織の報告によれば、ミラノはンドランゲタの拠点とされている)、ブッチナスコ市にあるバール『Trevi』は、イタリア南西部プラティ市で有名なンドリーナ(ンドランゲタの下部組織)セルジ・ファミリーの事務所として使われていた。ここも長い争議のすえに環境保護団体が利用することになっている。
それから、プラティ市の有名マフィア、アントニオ・パパリアが所有していた隠れ別荘(プールほどもある浴槽付き)には、現在、赤十字組織の事務所が置かれている。
イタリア北部ロンバルディア州はマフィアからの押収物件の数でいえば、シチリア州、カンパニア州、カラブリア州に次ぐ第4位の地域である(ミラノ県は170件で、南部レッジョ・カラブリア県より2件多い)。それ以下にはピエモンテ州102件、ヴェネト州72件、エミリア・ロマーニャ州64件、リグーリア州26件と続き、リグーリア州では西端のヴェンティミーリア市から東端サルザーナ市まで、カラブリアやシチリアのマフィアがドラッグや売春、違法賭博で潤っているのだ。
ジェノヴァ市のマルタ・ヴィンチェンツィ市長は中心街でマフィアによる『みかじめ料』の気配を感じると言い、また、
「商店経営者らがおびえているような気がします。これは調査するべきだと言うことでしょう。」と発言している。
ところで、チョッティ神父が主催する対マフィア団体『Libera』と言えば、1996年に制定された109条例(マフィアの不動産物件を社会的な目的に転用させる)を提唱したこと等で知られているが、その『Libera』が企画したコンサート・ツアーは、ここジェノヴァからスタートしているのだ。
同ツアーで2週間かけてイタリアを縦断しているのは、イタリアのフォークバンド『Modena City Ramblers』が率いる『carovana della legalità(法のキャラバン隊)』。
ツアーは今夜、クライマックスを迎えるべくパレルモのチニジ市で開催される。31年前の5月9日、対マフィア活動をしていたラジオパーソナリティー、ペッピーノ・インパスタート氏がマフィアにより惨殺されたのが、この町なのである。

たかが音楽ではない。対マフィア団体『Libera』では、一連の押収手続きの中でも脆弱な部分を指摘し、関係法規集の作成や、滞りがちな訴訟手続きを円滑化させるための国立機関の設立を要請しているのだ。
通常、押収された不動産物件は裁判所での判決の後、国有財産管理局(2005年にやっとナショナル・データベースを設立)の管轄へと移され、最終的には地方公共団体が公共事務所として利用したり、非営利目的での委託をすることとなる。しかし、この決裁までに長い年月を要するのだ。なぜかと言えば、マフィアが上訴をするから。
架空の人物を装い、一連の抵当権で裁判を混乱させ、問題となっている家屋には障害者を住まわせて警察が退去処分にできないようにするのだ(トリノのバルドネッキア市で実際に起きた事件である)。そして、その家屋が崩壊した日には高笑いをあげる。人々にとっては資産になるどころか、重荷になるわけだから。
こうしてイタリア国内で押収された不動産物件8,446件中、再利用されているのは4,372件に過ぎない。また、508件に関しては各市町村が動き始めているが、国有財産管理局の手元にはまだ3,430件が保留になっている。
「これらの物件のうち、半分は抵当に入っているんですよ。」と説明するのは、押収不動産に関する臨時政府委員アントニオ・マルッチャ氏だ。2007年末より不動産1,000物件を再利用へと向けさせている。
例えばミラノでは、マンションや喫茶店を含む64物件の抵当権の抹消を行政が受理しており、2月には46物件が各団体に付託された。

トリノ市はSalgari通りにある修理工場の半分を購入。
残り半分はナポリ出身の高利貸し業者チーロ・ペルーゾ氏から押収されたものだが、これなどは不動産が放置されてしまう押収の古典的な例だ。
現在、この旧修理工場では若者グループらがマルチメディア・ラボを運営している。
また、96年のある押収案件などは、行政の手に渡ったのは11年後で、現在はそこに住む老人が立ち退かなくても済むようにと地元の人々が署名活動を行っている。そして、この老人と言うのが、凶悪マフィア『ンドランゲタ』のベルフィオーレ兄弟の父親だと言うのだ。
ベルフィオーレ兄弟と言えば、兄のササーは7トンものヘロインを所持して逮捕され、弟のミンモの方は83年にブルーノ・カッチャ裁判官殺害の主犯である。
しかし、対マフィア組織『Libera』のフランチェスカ・リスポーリさんは、
「2人ともご近所からは好かれてましたよ。パンや山羊のチーズを分け与えたりしてね。」と言う。
「地元の人達にとっては、中毒患者のための施設ができるより、ベルフィオーレ兄弟らが酪農場を続けている方が良かったんですよ。」
要するに、このベルフィオーレ父には立退きを命じられても出て行くいわれ等どこにもなく、勇気ある市長が県知事に請願するまでの間、近くに別の家を購入する時間も、酪農場の床をたたき壊し、電気設備に火をつけ、水道管を破壊する時間もたっぷりあるのだ。
物がなくなってしまえば、少なくとも傷物になってしまえば…と言うわけである。[完]
(2009年5月7日 Corriere della Sera)

 

 

 

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