マフィアは地震の後にやって来る、ゴモラのサヴィアーノが語る【後編】

現在、マフィアから暗殺を予告されているイタリア人作家ロベルト・サヴィアーノが、地震被害にあったばかりのアブルッツォ地方を訪れ、独自の視点からの取材を試みております。
【前編】をまだお読みでない方は、そちらからどうぞ。

 

 

ラクイラ『地震からの再建、マフィアによる危機』ロベルト・サヴィアーノ

資料によれば年々、カモッラの侵攻は巨大なものになってきている。
2006年にはアブルッツォ州のマルティンシクーロ市で、マフィア・ボスへの奇襲がもくろまれた。また、昨年9月10日にFBIの10大指名手配犯の1人に加えられた麻薬密輸業ディエゴ・レオン・モントーヤ・サンチョスが基盤を築いていたのもアブルッツォだった。
企業犯罪組織の経理を担当していたニコラ・デル・ヴィッラーノは幾度となく警察の手を逃げ切ったものだが、アブルッツォの国立公園内に隠れ家を持ち、そこから自由に動き回っていた。
ジャンルーカ・ビドニェッティの母親が司法協力を決めた際に、ビドニェッティが居たのは、ここアブルッツォであった。
また、アブルッツォはゴミ処理事業にとっての経由地にもされていた。過疎化した地区が多かったことや、廃鉱となった採石場が自由に使えるためだった。
警察による捜査では、90年代末、イタリア北部ロンバルディア地方から運ばれた都市固形廃棄物6万トン余りが処理されていたと言う。アブルッツォの人が住まなくなった土地や、廃鉱の採石場に運びこまれていたのである。
これらの背後に、カモッラ・ファミリーが潜んでいることは言うまでもない。

今日までラクイラの町には、大がかりなマフィアの侵攻はなかった。大事業の兆しがなかったからというのが理由なのだが。しかし今や、企業家らにとっての宝の山は開けたのだ。今のところは、互助組織があらゆるタイプの危機を食い止めている。
パガニカ・ラグビー競技場ではイタリア中のラグビーチームから寄せられた小包や、ラグビー選手やボランティアによって整えられたベッドを見せてもらった。
この地で一番盛んなスポーツはラグビーである。いや、聖なるスポーツと言うべきか。実際、ここに脚を踏み入れた途端に、テントの脇で少年達が投げ合っていた卵形のボールが頭上を通り過ぎて行った。
ここに寄せられた多くの支援は、ラグビー界からのものである。この業界の人々が持つ試練に耐える力が、ボランティアと市民らをつなぎ合わせているのだ。
息をする度、それが特別に与えられた権利なのだと理解するほどに、全てを失い、ただ命だけが残った瞬間。生き残った人々が私に語ろうとしているのは、このことなのだ。

ラクイラの町を包む恐ろしいほどの静寂。空っぽの町は、昼食時にも微動だにしない。
こんな町を見るのは初めてだ。崩れかけた、埃だらけの町。この時間のラクイラは、町があるだけだ。建物の二階部分のほとんど全ては、どこかここかが弾けとんでいた。
今回の地震に関して、私はまったく違うことを予想していた。やられたのは歴史的区域や古くからの村落だけだと思っていたのだが、そうではなかった。地震はすべてを飲み込んでいた。
ここへは来ておかなければならなかったのに。その理由を私は、すぐに、口々に言われていた。
「君は、自分がラクイラ市民だってことを覚えてるのかい…。」と。
ラクイラは、数年前、私に名誉市民の称号を与えてくれた町の一つだった。ここでは皆がそれを思い出し、私にそれを思い出させる。一つの義務として、今、起きていることに目を配り、それを語りあげよと。忘れさせるなと。
私は学生寮の前で足を止めた。今回の地震で命を失っているのは若者と老人達なのだ。ベッドに横たわったまま崩れ落ちた天井の下敷きになった者や宙に放り出された者達、そして階段へ、つまり建物の中で最ももろい部分へと向かって逃げ出した者達。

消防隊員らは私をオンナの村へと招き入れてくれた。
私は幸運だ。私が何者なのかを皆が知っていて、私のことを抱きしめてくれる。私は埃だらけで、泥にまみれていた。ジャーナリストがあちこちに首を突っ込むのは好まれないものだ。
「それに、あの村には行かなきゃならないんですよ。もしかしたら天井が落ちてきて、下敷きになって身動きできないでいる人がいるかもしれないから。」と言うのはローマ出身の技術者ジャンルーカ氏。
彼からは、少年だったら誰だって狂喜乱舞するような贈り物、消防隊の真っ赤なヘルメットをいただいた。
オンナの村は、もう存在しない。廃墟と言う単語は、もはや使い尽くされてしまった。なんら意味をなさないほどに。
私は目に入る物を、モレスキンの手帳に書き留めてゆく。地面に放り出された洗面台、コピーされた本が一冊、ベビーカー、そして特筆すべきはシャンデリア。
本来ならばそれは、家の外では決して見ることのない代物だ。だが、ここでは至る所にシャンデリアが転がっている。最ももろく、地震の際には早々に、なすすべもなく危険を知らせる物。立ち止まり、崩れ落ちた『生』。
ある少女が亡くなったと言う家の前に、私は連れて行かれた。消防隊員らはあらゆることを知っている。
「ほら、この家。綺麗で、しっかり出来てるようだったのに。でも実際は、古い基礎の上に建てられていたんですよ。」
検査の目が甘くなっていたと言うことだ…。

被害にあった人々の極端なまでの厳かさについて、消防隊員らが話してくれた。
「何かを頼んでくる人が、一人もいないんですよ。まるで命があるだけで充分だって感じでね。あるおじいさんがね、こう言うんですよ。“うちの窓を閉めておいてくれるかい。ほこりが中に入っちまうからね。” って。私は行って、窓を閉めてきて。その家は屋根と壁2面がなくなってしまってるんですけどね。ここじゃ、地震って言うのは何なのかが、いまだに分かっていない者もいるんです。」
イタリアの権威ある詩人の一人フランコ・アルミニオ(アッヴェリーノ出身)は、地震について語らせたなら右に出る者はなく、実際の出来事を詩に綴っている。
《地震から25年が過ぎ、逝った者への想いはわずか。生きてる者への想いは、それよりもっとわずか。》
我々はまだ間に合うのだ。なぜならば、アブルッツォではこんな風にはならないのだから。
過去において常にそうであったように、投機の儲け話が君臨することを許してはいけない。唯一それが、具体的な、真実のはなむけになるのだから。
この地震で亡くなった人々にとっての、揺れ動いた大地によってではなく、コンクリートによって殺された人々にとってのはなむけに。
(2009年4月14日 La Repubblica)

 

 

この復興事業へのマフィア進出への危惧は、対マフィア活動を続けている検事などからも出ており、ぽつらぽつらとニュースなどでも話題になってきています。
ちなみに、サヴィアーノ氏の小説をもとにしたマフィア映画『ゴモラ』は、日本では5月5日にイタリア映画祭2009で公開されるようですので、興味のある方はどうぞ。

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