安楽死までの17年間 − エルアナ・エングラロ、ある昏睡女性の記録 −【前編】

今、イタリア全体に大きな物議をかもしている「17年間植物状態の女性エルアナ・エングラロさんの安楽死」問題。
日本紙の方でもけっこう記事を見かけましたので、エルアナさんが事故で昏睡状態になってから亡くなるまでのフォーカス記事をご紹介することにします。
これがけっこう長いもんですから、前中後編と3日間に分けてお届けします。
おつき合い下さい。

 

イタリア 『交通事故から亡くなる日まで、エルアナさんの17年間 −前編−』

1992年1月18日 − 交通事故 −
意識があった最後の日、エルアナは親友のラウラ・ポルタルッピと一日を過ごしていた。1992年1月17日だった。幼なじみの二人はミラノの大学で共に学び、とても仲が良かった。
スポーツジムで午後を過ごし、町中を散歩し、夜9時に帰宅。いつものお喋りは友達のこと、冬休み、みんなで遊びに行く話…。それから、二人は約束を交わす。
「明日は早起きして一緒に勉強しようね。」
うなずき、微笑むエルアナ。そして、ラウラの頬にキスしながら、
「私達って、ずっと友達よね?」
「うん、エル。一生ね。あんたは私の魔女っ子よ。」
じっと見つめるエルアナのまなざし。すべてがずっと続くのだと。エルアナは「そうだ」と言ってもらいたがった。ラウラにも両親にも、いつもそれを尋ねていた。
二人は広場で抱き合い、それぞれの帰路につく。しかし家に帰ってから、エルアナは予定を変えた。もうパジャマになっていたのに、友人達から「ガルラーテの町にある店に集まっているから出て来ないか」と誘いの電話がきたのだ。エルアナが住むレッコからそう遠くはない。急な話だったが、エルアナは着替え、車へ乗り込んだ。ラウラにも、トレンティーノの町にスキー旅行に出かけていた両親にも連絡はしなかった。両親がエルアナの軽自動車に乗って出かけていたので、エルアナは大型のBMWの方を使った。
深夜3時、エルアナは友人と共に帰宅する途中だった。真っ暗で、凍てついた夜。エルアナが運転する車が凍った路面でスリップし、電柱に衝突した。これがエルアナの最後だった。いや、予想だにしていなかった人生の始まりと言った方がいいのか。救急車が到着した時、エルアナの身体はもはや動くことはなかった。宙を見つめたまま反応のない視線。
長い受難の日々が、この時、始まった。1992年1月18日の夜明けのことだった。

1992年1月19日〜2月18日 − 診断 −
エルアナはレッコの病院へと運ばれた。頭部に傷を負い、顔面は血だらけだった。
エルアナの父親ベッピーノと、母親サトゥルナは、もう1日トレンティーノに留まり、翌日にパルッツァの町へと移動する予定でいた。パルッツァはウディーネから数キロ離れた町で、ベッピーノの故郷だった。仕事で外国へ赴くため離れはしたが、それでも年に2〜3回は戻って来たい土地である。1月18日の朝、ベッピーノは目覚め、朝食をとり、一日の予定を思案していた。明日の晩、親兄弟と共に夕餉を囲むまでの一日をどうしようかと。
しかし、電話が鳴り、ベッピーノの人生は変わる。午前9時30分、電話の向こうでは兄のアルマンドが、レッコの病院へ連絡するよう告げていた。胸騒ぎが当たった。レッコの町へと駆けつけるベッピーノとサトゥルノ。口には出さなかったが、二人は知っていた。娘が危篤だと言うことを。脳が損傷し、これが最後の時なのだと言うことを。
『前頭骨骨折および第二頸椎の脱臼骨折、左脳半球出血および脳裂傷数カ所』
ベッピーノは脳の損傷について詳しくは知らない。しかし、蘇生室のベッドを前にして明らかなことは一つ、エルアナは二度と元の状態には戻らないと言うことだった。
レッコの町では、親友のラウラが未だに何も知らずにいた。朝8時に起き、教科書を広げ、エルアナが朝食のクロワッサンを持ってやって来るのを待っていた。しかし、エルアナは来ない。エルアナの家へ訪ねてみると、近所の人から病院へ行くように言われた。ラウラは恐怖を抱きながら病院へと向かった。
蘇生室の外には、昨晩、エルアナと過ごしていた友人達の姿があった。皆、抱き合い、涙が涸れることはなく、悲しみは日を追うごとに深まっていった。
医師らがエルアナの両親に、気管切開手術をすることを告げた。ベッピーノは反対するが、この措置には同意を得る必要はないのだと言われる。こうしてエルアナの気管には穴があけられ、1ヶ月後、昏睡状態から抜け出した。瞳が開くだけで、それ以外は何も変わらない。眠り、目覚め、自分で呼吸し、栄養補給を受ける状態となったのだ。[敬称略:中編に続く]
(2009年2月10日 Corriere della Sera)

 

 

ちなみに先日取り上げた「エルアナさんの訃報を報道できなくて辞職したニュースキャスター」さんの番組が、今夜は本当にありませんでした。
実は、これのひとつ前の時間枠の番組司会者が、イタリア人にしては珍しくいつも終了時間を気にして番組を切り上げるのに、今夜は時間オーバーしても気にせず続けていました。

 

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